わたしの見た風景


by kayauokamoto
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柴崎友香という作家

数日前に、先月号の「新潮」に掲載された、柴崎友香の「わたしがいなかった街で」を読んだ。
こんなところでわざわざ書くことでもないと思うのだけど(最近載せている記事とは明らかに趣も違うし)、この人の作品を読むとあんまり毎回思うので、ちょっと吐き出しておこうと思い。
彼女の作品は私にとって、ストーリーとは全く別のところで個人的な感情が揺れてしまうので、集中できなくて困る、という事柄について。

要は、とても好きなのだ。
この人の書こうとしている世界、この人の心に響くテーマが、私ととても似ているんだと思う。

でもそれは、裏を返せば“私が書きたい世界”でもある。
私が書きたいものを、この人は表舞台で書くことが出来る。その力を持っている。
それがとても悔しくて、読んでいる最中ももやもやとした想いが全身を渦巻いている。

自分が書きたいことをさらりと書いている作家は何人もいて、
その才能を羨ましく思うことは本当にしょっちゅうだけれど、
どういうわけだか彼女はそれを表現しようとする小道具や設定まで私の発想と似ていて、
いつぞやの作品なんかは、
新人賞に送られてボツになった作品は、編集者によって作家に回されるのだろうか?
と疑心暗鬼を抱いたほど、エピソードが似通っていた
(でも、こういう事は本当にあるのか知りたい。
作品がパクられることは、作家のプライドからも絶対にないと思うけど、
作品のテーマとか舞台背景とか、ボツ作品が参考にされているのかどうか)。
だから、彼女の作品を読んでいるとすごく楽しめて、
作品が出れば早く読みたいと心待ちにしているのと同時に、
激しい嫉妬心がいつも沸き立つ。彼女のデビュー作を読んだ時から、ずっと。

私が書きたいことを、既にこの世に著している人がいる。
さらには、きちんと評価も得ている。
だったら私が作品を書いて送ったところで、表に出ることはないんじゃないか。
「柴崎友香の真似だよね」と、打ち捨てられてしまうんじゃないか。

今は全然作品が書けていないこともあって、
そういうつまらない焦燥感だけが空回っていて、なんともイヤな感じです。
でも、やっぱり結局書くしかないのだよね。
毎日漫然と日々の幸福に身を委ねているようではいかんのだ。
いっつもこんなこと思って、ぐだぐだ文句言って、何もしていないのは自分で腹が立ったから、
吐き出してやった!
ということで、次行こう! 次!
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by kayauokamoto | 2012-04-24 10:36 | よしなしごと